先端研の研究領域
研究事例
宇宙実証用ハイパースペクトルセンサHISUIによる土壌塩害推定技術の開発
はじめに
わが国では、宇宙実証用ハイパースペクトルセンサHISUI※1により、宇宙からのハイパースペクトルデータが利用可能です。ハイパースペクトルセンサの特長は、対象物の性質・物性を示す反射スペクトルを広範囲の波長帯で連続的に取得できることです。
アジア航測は、経済産業省から委託を受けた一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構が実施する事業に参画し、ハイパースペクトルデータの利用研究を実施してきました。本研究では既往研究において航空機ハイパースペクトルデータ解析用に開発された土壌塩害推定手法※2がHISUIに適用可能か実証しました。
マルチスペクトル衛星の限界
日本は降水量が豊富なため、土壌塩害の被害はほとんどありません。しかし、世界の降水量が少ない国や地域では、人的要因や自然要因から深刻な土壌塩害が広がっています。本研究の対象地域である、西オーストラリア州でも土壌塩害が拡大傾向にあるため、被害が小さいうちに状況を把握することが被害を最小限に食い止めるための重要な鍵になっています。従来の研究においても様々な種類の衛星画像を使った事例が発表されていますが、従前のマルチスペクトル衛星では、青、緑、赤、近赤外域の観測波長帯(4種類程度)が一般的であり、土壌の観測に適した短波長赤外域が含まれません。また、岩石や鉱物の特徴を表す光の吸収帯を把握するためには波長幅が広すぎることから推定精度に課題がありました。
HISUIは、可視・近赤外域(VNIR)から短波長赤外域(SWIR)まで広範囲の波長領域を細かい波長幅で連続に取得できるハイパースペクトル画像を使用することできるため(表1)、土壌塩害推定に適しています。
センサ名 | Hyperspectral Imager Suite(HISUI) |
打ち上げ | 2019年12月6日 |
空間解像度 | 20m~31m |
観測幅 | 20km |
波長帯 | 400nm – 2500nm VNIR:400nm – 970nm SWIR:900nm – 2500nm |
バンド数 | 185 VNIR:58 SWIR:127 |
スペクトル解像度 | VNIR:10nm SWIR:12.5nm |
データ深度 | 12bits |
HISUIハイパースペクトル画像による土壌塩害把握
本研究では、既往研究として航空機ハイパースペクトル画像を用いて土壌塩害推定をした手法※2に基づいて、同じ対象地域(西オーストラリア州)のHISUI画像(2020年10月28日撮影)を用いて土壌塩害化マップを作成しました(図1)。土壌塩害化の推定にあたっては、HISUI画像の輝度値と現地調査で得た土壌塩分濃度の指標として用いられる電気伝導率(Electrical Conductivity)を相関解析することにより、推定モデルを求めます。
具体的には、短波長赤外域の任意の2波長について比を求め、電気伝導率との決定係数が高い組合せを選定します。選定された短波長2000nm付近の2波長を用いて正規化塩害指数から土壌塩害化マップを推定しています。図1(b)のとおり、土壌塩害化マップでは、土壌塩害の影響がある箇所を赤色で表現し、概ね土壌塩害の傾向を把握することができました。


図1 HISUI画像および土壌塩害化マップ全体図
本研究では、航空機ハイパースペクトル画像を使用した場合に選定された波長とは異なる組合せが選定されました。その要因として、空間解像度や撮影時期が異なることや、観測時の地上高度の違いによる大気の影響度の違いなどが挙げられます。地上高度数千メートルの航空機画像では大気の影響を受けにくいですが、高度数百キロメートルの上空から観測されたHISUI画像では、大気分子の吸収の影響を受け(図2)、航空機ハイパースペクトル画像で選定された波長領域を利用することができません。本手法により、宇宙観測データでも利用できる波長領域を新たに選定し直すことで土壌塩害化を推定することが可能になりました。

おわりに
本稿では、宇宙実証用ハイパースペクトルセンサHISUIを用いた土壌塩害推定手法を紹介しました。HISUIは実証用のセンサですが、国外では近年、商用のハイパースペクトル衛星が登場しており、今後宇宙観測のハイパースペクトル画像が容易に利用できるようになることが見込まれます。そのため、今回得られた知見や手法が世界の土壌塩害化防止の一助となることが期待されます。
[参照]
※1 Hyperspectral Imager SUIte 経済産業省実施事業、2019年12月に国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に搭載、2020年9月から画像取得
※2 Kobayashi C., Kashimura O., Maruyama T., Oyanagi M.,, Lau I.C, Cudahy T., Wheaton B., Carter D., 2010. Method to reduce green and dry vegetation for soil mapping using hyperspectral data. International Archives. Photogramm. and Remote Sens.,Spatial Inf. Sci., Commission VIII, WG VIII/5. doi.org/10.13140/2.1.1857.7289