先端研の研究領域
研究事例
AR(拡張現実)技術の調査地点探索への活用
現地調査の効率化に向けたAR技術の適用検討
はじめに
近年、現地調査や工事現場などでAR技術を活用する動きが進んでいます。GNSSなどで取得した位置情報を基に地理座標を持つ仮想のコンテンツを表示するロケーションベースAR技術が主に活用されており、現地作業において図面をAR表示することにより直感的な図面の理解が可能となります。
一方、GNSSを使用して取得した位置情報に基づいてAR表示する際、GNSSの位置精度がAR表示精度と表示データの視認性に大きく影響します。そこで、アジア航測ではGNSSを使用せずに地理座標を持つデータをAR表示可能なアプリケーションを開発しています。今回、調査地点探索作業においてARアプリケーションが有効に適用できるか検討した結果を報告します。
一般的な調査地点探索作業における課題
現地調査を行う際は、事前に設定された地点(調査地点)に行き、目視やセンサーなどを使用した確認によって、その地点の状況を調査します。調査地点に行く際はモバイル端末に搭載した地図アプリケーションや印刷された図面を使用することが一般的です。しかし、地図データの判読能力は作業者に依存し、特に山間部や郊外部などにおいて現地の土地勘のない作業者が調査地点に移動する場合は、調査地点の探索に多くの時間を費やす可能性があります。また、地図アプリケーションを搭載したモバイル端末を使用する場合、高層ビルの密集地や山間部などでは、GNSSによる正確な自己位置の測位が困難になります。

調査地点探索作業へのAR技術の活用


現地調査における課題を解決するために、アジア航測ではタブレット端末やスマートフォンで動作するARアプリケーションを開発しました(図1)。本アプリケーションは、地理座標を持つ仮想のコンテンツをAR表示しますが、上述したような測位精度が低下する場所での動作も想定し、GNSSを使用しないで自己位置(使用端末の現在地の地理座標)を決定する方法を採用しています。
この方法では、アプリケーションを起動した後に、自己位置と方位を設定します。位置と方位の設定は、地理座標を記録したQRコードを読み込み、読み込んだ地理座標に対応する位置をアプリケーションで表示したカメラ画像内で指定するなどの方法で行います(図2)。位置と方位の設定後は端末に搭載された9軸センサ(加速度・角速度・地磁気センサ)を使用して移動距離や方向を推定します。この推定においては、主に屋内測位で用いるPDR(PedestrianDead Reckoning, 歩行者自律航法測位)と同様のアルゴリズムを採用しています。推定した移動距離や方向は誤差を含むため、現地との対応付けが容易な地点において誤差を補正する機能も搭載しています。
正確に自己位置と方位を設定すると、図3に示すように、カメラ画像にGISデータなどを重ねて表示できます。画面上でデータをタップすることで、GISデータの属性を表示する機能も搭載しており、調査地点に関する必要な情報を閲覧できます。
ARアプリケーションを用いた調査地点探索の試行
調査地点の探索における開発アプリケーションの有用性を評価するために、一定範囲内に存在する公共基準点の探索時間を測定する実証実験を行いました。ARアプリケーションでは図4に示すように、公共基準点の位置を赤丸で表示し、地点名と現在位置からの距離を表示することとしました。ARアプリケーションにおいては、移動に伴い移動距離と方向の誤差が蓄積されるため、公共基準点データとともに、誤差の確認および補正目的で国土地理院の提供する基盤地図情報を表示し、約20mごとに誤差をチェックし、誤差を明確に確認できた場合は手動で補正しました。
実証実験の結果、ARアプリケーションによって公共基準点を効率良く探索できることを確認できました。ARアプリケーションでは、直感的に公共基準点の位置と距離を把握でき、特に公共基準点の付近でも周囲を見渡すことが少なく探索できました。
比較のため、GNSSの測位状況が良好な場合におけるARアプリケーションの探索時間を評価する目的で地図上に公共基準点を表示可能なモバイルGISアプリケーションを使用して探索時間を測定しました。その結果、モバイルGISアプリケーションを使用した場合の探索時間の方がわずかながら短くなる傾向となりました。これは、ARアプリケーションにおいて誤差の手動補正に時間を費やしたためであり、誤差の補正時間の短縮には改善の余地があるといえます。一方で、公共基準点網図に記されている公共基準点が実際の状況と異なる場合、ARアプリケーションでは位置の見当をつけやすいため、容易に状況を判断できました。

おわりに
現在、安全で効率の良いインフラの整備や維持管理を目的としてDX施策が進められています。インフラの維持管理に不可欠な現地調査のDX化には、作業者の地図判読能力などに依存せず空間情報を取り扱えるAR技術が有用であると考えられます。また、AR技術は調査の効率化の他にも、防災情報などの表示による安全性の向上や、デジタルツインにおいて解析した情報の表示による現場での状況判断支援に適しています。アジア航測は、AR技術を使用して現地調査をDX化し、計測データや解析結果などを活用する取り組みを進めます。また、工事現場管理や防災教育などでもAR技術を活用する取り組みを進め、安心・安全な社会の実現を目指します。