アジア航測株式会社 先端技術研究所 アジア航測株式会社 先端技術研究所

先端研の研究領域

研究事例

深層学習による光学衛星画像からの 浸水域・浸水深自動抽出技術開発

戦略的イノベーション創造プログラム「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」

はじめに

2020 年 6 月に閣議決定された第 4 次宇宙基本計画で は宇宙政策の今後の目標として「災害対策・国土強靭化 や地球環境課題の解決への貢献」が新たに明記され、 2022 年度までに、衛星データを活用した災害状況の迅速 な把握等のためのシステム開発、社会実装が求められてい ます。アジア航測は、内閣府が推進する戦略的イノベーショ ン創造プログラム第 2 期(以下、SIP2)の課題の 1 つで ある「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」に 2018 年末から 5 年計画で参画しており、多くの研究機関や企 業等とともに、衛星データ等即時共有システムと被災状況 解析・予測技術の開発を進めており(図 1)、衛星観測後 2 時間以内に、1/50,000 地形図等への重ね合わせを意図 した災害情報の提供を目指しています。本稿では、開発の 成果と社会実装へ向けた動きをご紹介します。

図1 SIP2国家レジリエンス(防災・減災)の強化
図1 SIP2国家レジリエンス(防災・減災)の強化
衛星データ等即時共有システムと
被災状況解析・予測技術の開発の概要

解析システムの概要

SIP2 では災害時の的確な初動体制の確立のため、気象・ 水文情報等をもとにした災害予測(図 1、Sub3)や、世 界各国で運用されている多くの衛星の観測計画を、ワン ストップシステムに集約、最適化することで衛星観測の 迅速化を狙っています(図 1、Sub1)。アジア航測は、 こうして得られた光学衛星画像から浸水域や浸水深の分 布を自動的に求め(図 1、Sub2)、再度ワンストップシ ステムを通じて、国や自治体といった関係機関に配信す る構想を持っています。

衛星画像は数十 km 四方を一度に撮影することから、 広域災害の状況把握に有用ですが、技術者による目視判 読には時間を要するため、自動解析による省力化が必要 となります。従来のルールベース型の解析では、当日の 気象・日照条件・季節の違いなどに応じて細かい解析条 件の調整が必要でした。SIP2 では過去の衛星画像に対し て深層学習を用いることで、様々な撮影条件に対応可能 な自動解析システムを目指しています(図 2、図 3)。

図2 浸水域と浸水深分布の自動解析の概略図
図2 浸水域と浸水深分布の自動解析の概略図
図3 浸水深分布の推定フロー
図3 浸水深分布の推定フロー

浸水域の抽出結果

浸水域の解析に用いた光学衛星画像は表1 の通りです。現行運用されている衛星のうち、WorldView-2,3 やPleiades は地上解像度1m 未満で詳細な画像が得られる反面、観測幅が20km 程度と狭くなっています。一方、SPOT-6,7 は地上解像度1.5m とやや粗いかわりに観測幅が60km と広く、広域観測に適しています。2021 年度以降打ち上げが予定されている先進光学衛星(ALOS-3)は高い解像度と広い観測幅の両方を満たしており、防災分野での活用にも期待が持たれています。

浸水域の抽出には、深層学習の畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を利用しました。学習用データとしては、過去の浸水事例(H30 年7 月豪雨高梁川、令和元年台風19 号阿武隈川・宇多川・荒川、H27 年9 月関東・東北豪雨鬼怒川等)の衛星画像(図4)を目視判読したものを用いました。

図5 中央は深層学習による浸水域の抽出事例を示しています。また、抽出した浸水域とDEM(基盤地図情報数値標高モデル)から浸水深分布を推定したものが図5右であり、このような推定結果の可視化も可能です。

表2 は目視判読結果と比較した抽出精度を示しています。衛星はSPOT-7、H30 年7 月豪雨(倉敷)とH27 年9 月関東・東北豪雨(常総)での画像を用いました。一般的な精度評価の指標であるF 値は、マルチスペクトル画像で6 割後半、パンシャープン画像で7 割後半程度であり、緊急時の速報用に縮尺5 万分の1 地図に重ね合わせる用途としては、おおむね満足のいく結果と言えます。

このような深層学習による浸水域・浸水深の解析は、現状ではGPU 搭載PC を用いてSPOT 衛星の画像1 シーン(3,600km2)を約20 分で解析できます。今後、衛星観測から画像データ提供までを1 時間以内に抑えられれば、SIP2 が目指す「観測後2 時間での災害情報提供」は十分達成可能です。大規模災害に対しても、AWS のようなクラウドシステムの活用により対応可能だと考えています。

衛星地上分解能観測幅機数
先進光学衛星 (ALOS-3)0.8m70km1
Sentinel-210 ~ 60m290km
2
WorldView-2,3,4 GeoEye-1< 0.5m13-16km
2
Pleiades< 0.5m20km
2
SPOT-6,71.5m60km
2
表1 主な光学衛星
図4 深層学習に用いた衛星画像
図4 深層学習に用いた衛星画像
図5 深層学習モデルによる浸水域・浸水深分布の解析例
図5 深層学習モデルによる浸水域・浸水深分布の解析例
表2 浸水域の分類制度
表2 浸水域の分類制度

おわりに

SIP2 では出口戦略としての社会実装化も求められてい ま す。 ア ジ ア 航測は、三菱電機、パスコ、スカ パ ー JSAT、日本工営、リモート・センシング技術センターと ともに、2021 年 6 月、衛星データサービス企画株式会社(略称 SDS)を設立しました。

この会社は、2023 年度からの本格サービス提供開始を 目指して事業検討を進めています。平時の広域かつ継続 的な国土・インフラ監視および近年甚大化する自然災害 に迅速、確実に対応できる体制を構築し、安心・安全な 社会形成を通じた SDGs の達成に貢献していきます。