先端研の研究領域
研究事例
深層学習を用いた建物被害領域抽出
衛星画像からの災害状況把握
はじめに
地震や洪水、火山噴火などの大規模災害の状況把握への貢献をひとつの目的として、多数の地球観測衛星が利用されています。アジア航測では、今後予定される新たな地球観測衛星「だいち3 号(ALOS-3)」の打ち上げに向けて、だいち3 号と同等の分解能を持つ衛星画像に深層学習を適用させることで、建物被害領域の自動抽出を試みました。本項では、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)によるセマンティック・セグメンテーションを用いて、建物被害領域の自動抽出を検討した結果を紹介します。
使用データ
だいち3 号(観測幅70 km、地上分解能0.8 m)と同等の分解能を持つ衛星画像として、2016 年熊本地震の後に撮影された2 時期のPléiades 衛星(AIRBUSDefence & Space 社)画像を使用しました。これらの画像は国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構より貸与された画像です。使用した衛星画像の諸元は表1 に示す通りです。いずれの画像も熊本県益城町周辺を撮影した画像であり、50cm 分解能にリサンプリングしたオルソ画像を使用しました。2016 年の画像は発災数日後に撮影されたものであるため、倒壊した建物やシートがかけられた建物等、建物被害箇所が多く含まれています。
さらに、これらの衛星画像について、抽出すべき建物被害箇所を明らかにするため、画像の各画素を図1 のように分類しました。分類項目は背景・被害なし建物・被害あり建物・ブルーシート・青以外の色のシートの5 つです。
撮影日 | 衛星名/処理レベル | 入射角 | 地上分解能 |
---|---|---|---|
2016/04/20 | Pléiades-1A/オルソ | 28.26° | 0.88 m |
2017/03/14 | Pléiades-1A/オルソ | 17.56° | 0.77 m |

手法検討・評価指標
本研究では、被害建物を抽出する際、深層学習の一種であるセマンティック・セグメンテーションを用いました。セマンティック・セグメンテーションとは、画像内の全画素にラベル付けを行う手法です。
衛星画像を学習用と検証用の領域に分け、学習用の領域の一部を用いてアルゴリズムや学習時のパラメータを検討するための予備実験を行いました。予備実験の結果から建物被害抽出に最適と思われるアルゴリズムを選定しました。さらに、分類項目ごとのデータ量が不均衡なため、学習時に重みを調整して学習を行うことにしました。
精度評価の際は、再現率・適合率・IoU(Intersection over Union)の3 つの指標を用いました。正解領域をA、推定領域をB とした場合、3 つの指標はそれぞれ式1 で表されます。再現率が100% の場合は抽出漏れがないことを、適合率が100% の場合は誤抽出がないことを表します。再現率・適合率がともに100% のとき、IoU も100% になります。

抽出結果・精度評価
予備実験の結果を踏まえて、学習用の領域を用いて深層学習モデルを生成し、検証用の領域で精度検証を行いました。分類区分ごとの精度評価は表2 の通りです。被害なし建物・ブルーシートについては、再現率が9 割近く、大半の領域を抽出できていました。被害あり建物については再現率が6 割程度で、被害が大きな箇所については概ね抽出できていました。青以外の色のシートはデータが少ないため、再現率が4 割程度と他の分類項目に比べ低い値でした。図2 の範囲では、正解と推定領域を比較すると、全体的に推定結果の方が正解に比べて大きめに抽出されていました。
検証用領域全体(約2km 四方)を俯瞰すると図3 の通りとなります。抽出結果を見ると、画像下側で赤い領域が多く、建物被害が多数発生していることが確認できます。
分類項目名 | 2016年撮影 Pléiades-1A | ||
---|---|---|---|
IoU | 再現率 | 適合率 | |
背景 | 0.945 | 0.954 | 0.990 |
被害なし建物 | 0.603 | 0.868 | 0.665 |
被害あり建物 | 0.375 | 0.590 | 0.507 |
ブルーシート | 0.615 | 0.916 | 0.652 |
青以外の色のシート | 0.344 | 0.447 | 0.598 |


おわりに
災害発生後の衛星画像に深層学習を用いることで、建物被害が大きい場所を簡易的に把握することができました。この技術を用いることで、大規模災害発生の際迅速に被災地域が把握可能となり、発災直後の初動対応への活躍が期待されます。今後は学習データをより増やして深層学習モデルの汎用性を持たせることや、建物被害以外の領域の抽出への応用に取り組み、衛星画像から災害情報を素早く把握する仕組みづくりを目指します。
なお、本稿は国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構の「2020 年度 深層学習による建物被害抽出プロダクトの試作」の成果の一部を抜粋してとりまとめたものです。関係者の皆様に御礼を申し上げます。