アジア航測株式会社 先端技術研究所 アジア航測株式会社 先端技術研究所

先端研の研究領域

研究事例

ハイパースペクトルセンサを用いた測深手法の開発

次世代センサによる海底地形と底質の把握

はじめに

沿岸海域の水深情報は船舶の安全航行や領海警備において非常に重要です。近年はマルチビーム音響測深機や航空レーザ測深機(ALB; AirborneLaserBathymetry)によって浅海域の水深情報を面的に効率よく取得できるようになりましたが、重要港湾以外の海域では依然として旧来の疎らな測量点のみであることが多いと言われています。我が国の領海および排他的経済水域は広大なため、日本全域において浅海域の水深情報を面的に取得することはコスト的に困難な状況です。そのため、衛星画像を利用して低コストに水深情報を取得できれば、こうした課題に対する解決策を提示できる可能性があります。このような背景の下、音響測深機やALBを補完する技術として、人工衛星から得られる画像を利用して水深情報を取得する技術(SDB; SatelliteDerivedBathymetry)が近年各国の注目を集めています。SDBは1970年代後半に始まり、多くの研究実績がありますが、数~十数nmの高い波長分解能を持つハイパースペクトルセンサや海域観測を目的とした450nm以下の観測波長域を持つマルチスペクトルセンサの登場など、近年のセンサ技術の発展に伴って新しい測深手法が開発され、欧米を中心に見直されてきています。また、我が国では、平成30年度に国際宇宙ステーションに搭載して運用を開始する宇宙実証用ハイパースペクトルセンサHISUI(HyperspectralImagerSUIte)の打ち上げが計画されており、宇宙観測によるハイパースペクトルデータの国内供給が実現されます。
アジア航測は、経済産業省から委託を受けた一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構が実施する事業「次世代地球観測衛星利用基盤技術の研究開発(ハイパースペクトルセンサ・データの高度利用に係る研究開発)」に参画し、ハイパースペクトルセンサから水深情報を面的に取得するための技術を開発しましたので、その成果の一部を紹介します。

ハイパースペクトルセンサを用いた測深手法

従来のマルチスペクトルセンサを用いる方法は、水中の光の減衰と水深の関係を指数関数で表現できることに基づいており、青や緑などの可視域のバンドを単独または複数使用して、これらの反射率と水深の関係式を推定する方法が一般的です。
しかし、この方法は、海底が砂などで覆われた一様な底質を前提としているため、海草や海藻といった異なる底質では正しい水深が得られないという課題があります。また、対象海域ごとに関係式を求めるための現地調査が必要であり、任意の海域に適用できるわけではありません。
これに対して、ハイパースペクトルセンサを用いる方法は、砂や海草などの海底被覆物の反射率を予め計測しておき、その反射率を基に、光が水中を伝搬、海底で反射してセンサに到達する過程をシミュレーションすることで、センサが観測する反射率を推定します。センサが観測する反射率は底質の違いだけでなく、水深や水の吸収・散乱特性の違いによって変化するため、こうした条件をさまざまに変化させてシミュレーションした反射率と、実際に観測した反射率を比較・マッチングさせることによって、水深や底質、水の吸収・散乱特性を逆推定することが可能になります。この方法は、現地の水深データを必要とせず、底質が一様でない場合も水深が得られるため、従来のマルチスペクトルセンサを用いる方法と比較して非常に有効と言えます。しかし、利用事例が海外の研究分野に限られていますので、国内の沿岸域に適用可能か検討する必要があります。

国内(岩手県・沖縄県)の沿岸域を対象とした検討

本研究では、底質分布状況や水質などの環境条件が異なる岩手県山田湾と沖縄県慶良間諸島阿嘉島の2地域を対象に、航空機搭載型ハイパースペクトルセンサを用いて水深分布図を作成する方法を検討しました。それぞれの海域に合ったシミュレーションの条件を検討して水深分布図を作成し、山田湾については、平成23年度「巨大地震・津波災害に伴う複合地質リスク評価」プロジェクト(国立研究開発法人産業総合研究所)において取得されたALBデータ、阿嘉島については、日本水路協会刊行の海底地形デジタルデータM7000シリーズと比較しました。その結果、山田湾についてはALBデータと詳細な分布傾向が一致し(図1、図2)、阿嘉島についてはM7000シリーズと全体の大まかな分布傾向が一致するとともに、M7000シリーズにはない海岸線付近までの詳細な水深分布が得られました(図3、図4)。また、現地の水深データを用いて精度検証を行った結果、2地域とも水深10m程度までの範囲について推定が可能であり、砂地では標準偏差1.2m程度の良好な結果が得られました。一方で、海草などの底質を含む場合は標準偏差2.7m程度と誤差が大きいことがわかりました。

図1 ハイパースペクトルセンサから得られた水深分布図(山田湾)
(背景:2015年12月7日撮影CASI-1500hトゥルーカラー合成画像)
図2 ALBデータから作成した水深分布図(山田湾)
(背景:2015年12月7日撮影CASI-1500hトゥルーカラー合成画像)
図3 ハイパースペクトルセンサから得られた水深分布図(阿嘉島)
(背景:2005年4月5日撮影CASI-3トゥルーカラー合成画像)
図4 M7000シリーズから作成した水深分布図(阿嘉島)
(背景:2005年4月5日撮影CASI-3トゥルーカラー合成画像)

おわりに

本研究によって、ハイパースペクトルセンサを用いた測深手法が本州や沖縄の海に対しても適用可能であることがわかりました。音響測深機やALBを補完する費用対効果が高い技術として利用できるため、今後は、海図を更新するための事前調査として河川の堆積物や地殻変動による経年変化の把握や、海図の測量点密度が低い箇所の補完、津波シミュレーションなどに利用していく予定です。また、水深分布と同時に得られる底質分布については、サンゴ礁や藻場などの沿岸生態系のモニタリングに利用していく予定です。