アジア航測株式会社 先端技術研究所 アジア航測株式会社 先端技術研究所

先端研の研究領域

研究事例

六甲山地でのナラ枯れ対策と市民活動支援の紹介

~測量技術の調査への活用と地域への業務成果の還元~

はじめに

ナラ枯れは、カシノナガキクイムシ(以下、「カシナガ」と略記)が集団的にコナラなどのブナ科樹木に穿入することで発生するナラ類の伝染病であり、六甲山地ではその被害の激害化が何年にもわたり継続しています。

六甲砂防事務所では、「六甲山系グリーンベルト整備事業」においてコナラを中心とした土砂災害に強い樹林整備の一環として、平成25年度からナラ枯れによる集団枯死などの被害拡大を防止するための防除対策を進めてきました。ここでは、六甲山系グリーンベルト整備事業地(以下、「六甲GB事業地」と略記)における測量技術を活用したナラ枯れ被害の把握、対策効果の検証、効果的・効率的な対策検討および市民活動支援の取り組みについて紹介します。

リモートセンシングを活用した低コストで精度の高い被害把握の取り組み

六甲山地という広域でのナラ枯れ被害を把握するにあたり、ヘリコプターを使って上空からナラ枯れ枯死木の集中箇所を面的に目視把握するとともに、斜め写真撮影を行い、ナラ枯れ枯死木を判読しました。斜め写真では、角度を付けて樹形や葉の付き方が確認できるため、垂直写真と比べてマツ枯れと識別しやすく、撮影にかかる費用を抑えることができますが、判読した枯死木の奥行きの距離が測れないため、位置精度は低くなります。そこで位置精度を確保するために、多方向からの撮影を行い、SfM(Structure from Motion)の技術を使って三次元画像を作成し(図1)、枯死木の位置を特定するとともに、GIS上に展開して枯死木の位置座標を取得しました。

また、解像度0.5mの高解像度衛星光学画像(WorldView2)である2016年のナラ枯れ樹冠画像1,659枚を用いてAIによる深層学習モデルを作成し、2021年の衛星画像に適用してナラ枯れ樹冠の自動抽出を試行しました(図2)。正解樹冠に対する抽出樹冠の適合率は約40%でした。市街地などの誤判読がみられたため、予め市街地をマスキングした衛星画像から再度、自動抽出を行った結果、適合率は約50%に向上しました。今後は、汎用性を高めるための教師画像の追加や市街地のマスキングなどの改善を加えることなどにより、適合率の向上が可能と考えられます。また、衛星画像は比較的安価で広範囲をカバーした画像が手に入るうえ、AIによるナラ枯れ樹冠の自動抽出により、判読費用の削減が期待できます。

図1 三次元画像を用いた枯死木の位置特定
図2 AIによる深層学習とナラ枯れ自動抽出結果

経年被害データ分析に基づく対策効果の検証

六甲山地でのナラ枯れ対策は、倒木などによる人的被害防止の観点から不特定多数の利用者が見込まれる登山道や展望所周辺などで重点的に実施してきました。実施した対策は、カシナガが持ち込むナラ菌などの菌類の増殖を抑制する殺菌剤の樹幹注入、人工フェロモンによるカシナガ
の誘引捕獲(図3)などです。これらの対策により、枯死に至るナラ類の本数を減らし、急激な激害化進行を抑えることで被害を早期にピークアウトさせることを目指しました。対策効果の検証にあたっては、ナラ枯れの発生しやすさ(ポテンシャル)を植生や標高、カシナガの飛翔空間の有無などの指標により10mメッシュごとに得点化しました。ポテンシャルの高かったメッシュのうち、激害化(周囲1haに4本以上の枯死木が発生)した割合の変遷を対策実施地区と未実施地区で比較しました(図4)。前述のナラ枯れ対策未実施地区では、激害化発生後1年で被害が急速に進行し、激害化割合は60%と高いまま2年間継続し、地区内の多くのナラ類が枯死しました。一方、激害化ピーク前(H29)に対策を開始した地区では、激害化割合のピークは約30%に収まり、翌年にはピークアウトしました。これら検証結果から、対策効果として、被害の急激な激害化進行とピークの抑制、早期ピークアウトを確認しました。

図3 誘引捕獲トラップ
図4 対策実施・未実施地区での激害化割合の推移

ナラ枯れ対策の効果向上への取り組み

枯死木発生の抑制対策をより効果的・効率的なものにするため、枯死木の発生しやすい環境特性を分析しました。特に枯死率が高くなる傾向を示したのは、胸高直径が20cm 未満と50cm 以上のナラ類で、南から南東向きの日射量の多い斜面(表1)でした。一般的に大径木がカシナガの集中加害を受けて枯死しやすいことが知られていますが、今回の注目点は20cm 未満の若木が高い枯死率を示したことでした。若木は加害耐性がなく、被害を受けると枯死しやすいと考えられました。また日当たりの良い南向き斜面は、植物の蒸散活動が活発化しやすく、走光性を持つカシナガが集中しやすい条件であると考えられました。これらの分析結果を踏まえ、若木への穿入防止トラップの優先設置などの対応方針を翌年の対策計画に取り入れました。

表1 斜面方位と枯死率の関係

市民参加型森づくり活動におけるナラ枯れ対策への貢献

ナラ枯れの被害発生状況や、効率的で効果的な対策方法、対策による効果などの本業務で得られた成果を用いて、市民参加型の森づくり活動の場で、ナラ枯れによる被害状況や対策手法の紹介と、ナラ枯れ対策の現地指導を行いました(図5)。これにより森づくり活動の場で市民自らが粘着シートの設置などの対策を実施できるようになりました。

図5 ナラ枯れ勉強会の様子

おわりに

本業務では、測量技術を活用したナラ枯れ被害の効果的・効率的な把握方法の検討や、対策効果の確認と更なる対策効果の向上に取り組み、六甲GB事業地内のナラ林の保全や人的被害防止に貢献してきました。六甲山地のナラ枯れ被害は収束傾向にありますが、被害の再発やナラ類大量枯死による砂防事業への影響把握などの新たな課題が出ています。今後は、六甲山地での被害発生時期や激害化経験年数などの違いから、被害の再発や腐朽した危険木の発生リスクを踏まえ、対策を検討していく必要があると考えます。