先端研の研究領域
研究事例
関東MC管内橋梁等補修・補強検討業務の紹介
長大橋の維持管理のためのSAR衛星の活用
はじめに
長大橋は現代社会において不可欠なインフラストラクチャーであり、交通、商業、経済活動に対し重要な役割を果たしています。
橋梁の安全性と信頼性を確保するために、定期点検が義務化されています。しかしながら、建設業界は人手不足に悩まされており、維持管理のための技術者や労働者を確保することが難しい状況です。
このような状況下で、新たな技術の活用が必要とされつつあり、SAR衛星技術が地表面の変動を計測できる技術として注目を集めています。本報告では、長大橋の維持管理におけるSAR衛星技術の適用性について紹介します。
SAR衛星技術の長大橋維持管理への対応
本業務において詳細調査の対象となった長大橋は、橋長381mの斜張橋です。支承の脱落(図1)が発生し、橋梁の安全性に対する懸念が引き起こされました。
支承脱落の原因としては、橋の設計活荷重(専用部:TT-43、一般部:TL-20)と専用部・一般部の実交通による活荷重との違いにより桁のねじれが発生したことが挙げられています(図1)。荷重の差は支承への負荷に影響を及ぼす可能性があります。
問題解決のためには、支承という局所部材だけではなく、長大橋全体の動きを解明する必要がありました。従来の方法では橋全体の状態を継続的に監視することは難しかったため、地表面の変動を計測できるSAR衛星技術を新たなモニタリング手段として検討しました。

干渉SARの概要及び橋梁変動の解析方法
干渉SAR技術とは、衛星等から地上に電波を照射して得られたSAR画像をもとに、2時期の位相の差から地表面の変動を面的に計測する技術です(図2)。
多時点のSAR画像を統計的に処理することで、誤差を低減させ、変動の検出精度の向上を図ります。これを干渉SAR時系列解析といいます(図3)。


本業務では、欧州宇宙機関(ESA)が運用するSentinel-1A(Cバンド、IWモード)から取得したSAR画像を解析しました。干渉SAR時系列解析は、2019年1月3日から2021年7月3日まで(約2年6ヶ月)に観測された76枚のSAR画像を用いて実施しました。SAR画像の例を図4に示します。
SAR衛星は南北両極間を斜めに周回し、SARは進行方向の右側を観測しています。本解析では南行軌道のデータを利用しているため、観測方向は東から西方向となります。また、準上下方向いわゆる橋梁の鉛直方向変動量を把握するため、衛星が観測した斜線方向(入射角約38°)の変動を準上下方向の変動量に変換しました(図5)。


干渉SAR時系列データの解析から判明した橋梁の変動
干渉SAR時系列解析によって求めた橋梁の変動を図6に示します。橋梁は全体的に沈下傾向にあり、主塔P12周辺の沈下が最も大きく、2019年からの2年6ヶ月で約25mmの沈下が認められました。
対象長大橋は、塔から斜めに張ったケーブルを橋桁に直接つないで支える構造(斜張橋)のため、P12には圧縮力が作用します。P12はP11やP13と比べ、鉛直方向に最も変動しやすい橋脚と考えられます。
ローラーが脱落したP13橋脚下り(上流側)付近の変動には明瞭な傾向は認められず、上り側との差も確認されませんでした。
今回の解析では、無料のデータを利用したため、データの信頼性と精度はやや低いと考えられます。

おわりに
湿度等の大気条件、橋梁のワイヤーによる信号の混信、交通混雑等はSAR画像の精度に影響します。
干渉SAR時系列解析では、長期間のSAR画像の全ての点を一定の明るさで観測する必要があります。
今後は精度低下に影響する要因の排除または補正、技術の適用可能範囲などについて、他の橋梁でも解析を進めながら検討を行い、解析結果の信頼性を高めたいと考えています。
また、SARで得られた変位情報のデータをBIM/CIMモデルに重ね合わせて、橋梁の変動を可視化することで点検の効率化に寄与できると期待されます。
さらに、SAR衛星を使用した状況把握手法は、災害時の気象状況や道路の障害などの把握に利用できると期待されています。